多発性嚢胞腎お役立ち情報

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飲水は病気進行を緩和するか?

2014年5月22日

2011年4月から2012年12月まで杏林大学病院泌尿器科を受診されている多発性嚢胞腎患者さんのご協力を頂き、臨床研究「飲水は多発性嚢胞腎の進行を抑制するか?」を行いました。研究結果がヨーロッパ腎臓学会雑誌(Nephrology Dialysis and Transplantation Journal) 2014年4月電子版に掲載されましたので、その研究の内容をお知らせします。

NDT Advance Access published April 15, 2014 PDFファイルが開きます

Eiji Higashihara, Kikuo Nutahara, Mitsuhiro Tanbo, Hidehiko Hara, Isao Miyazaki,
Kuninori Kobayashi and Toshiaki Nitatori. Does increased water intake prevent disease progression in autosomal dominant polycystic kidney disease? Nephrol Dial Transplant. 29: 1710?1719, 2014.

※ページ内の表や図は、クリックすると画像が拡大されます。

研究の要約

研究背景

PKD動物モデルでは飲水効果が示されているが、多発性嚢胞腎患者では飲水効果は未知である。

研究方法

腎機能の比較的良好な34名のADPKD患者を対象として前向きの試験を実施した。患者は高飲水群(N=18)と自由飲水群(N=16)に主として患者の意思により分けた。総腎容積(TKV)を1年ごと、24時間蓄尿を4ヶ月毎に1年間測定した。この飲水試験に先行して、34名中31名はTKVと24時間尿測定を平均33か月実施しており、飲水試験中の結果と比較した。

研究結果

飲水試験前の飲水群の尿量は自由群より多かった(p=0.034)が、TKVとeGFR(推測糸球体濾過量)の変化速度には差がなかった。飲水試験中、飲水群では尿量は更に増加 (p=0.0045)したが、自由群では変化しなかった。飲水試験中、自由群と比較して飲水群では尿量 (p<0.001)、尿中Na (p=0.0055)は高く、血漿コペプチン濃度(抗利尿ホルモンを表す)は低かった (p=0.024)。飲水試験前と比して飲水群ではeGFR 低下速度とTKV 増加速度が悪化した(各々p=0.011と0.047)が、自由群では変化なかった。主要評価項目とした「飲水試験中のTKVと腎機能の変化速度」は両群間に有意差はなかったが、飲水群で大きい傾向があった。尿量が多いと尿中Naが増え、尿中Naが高いとTKV増加速度(% / 年)は速くなる関係が認められた (p=0.014)。

結論

両群間の主要評価項目には差がなかったが、高飲水群では、飲水増加前より腎臓容積増大速度と腎機能低下速度が上昇した。飲水効果についての結論を出す前に、長期の無作為化した試験が必要である。

研究の背景

飲水が多発性嚢胞腎の病気進行を緩和させる根拠について解説する前に、多発性嚢胞腎の発生機序を簡単に復習しますと(図1)

  1. 多発性嚢胞腎遺伝子PKD1またはPKD2の先天的変異がある。
  2. 遺伝子変異の結果、遺伝子が作る蛋白(PC1とPC2)の機能低下が起きる。
  3. PC蛋白の機能低下の結果、細胞内のCa濃度が低下する。
  4. 細胞質内のCa濃度が低下する結果、サイクリックAMP (cAMP)を産生するアデニリールサイクラーゼ(AC)の機能が高まり、分解するホスホディエステラーゼ(PDE)の機能が低下する。
  5. その結果、細胞内のcAMP濃度が高まり、cAMPによってPKA活性が高まる。
  6. PKAは以下の多発性嚢胞腎細胞に起きている変化、①~③を促進・刺激する。
    ① 本来の尿細管細胞として、尿細管を形成する性質を失っている。
    ② 嚢胞内に嚢胞溶液をCFTRというポンプで能動的に分泌している。
    ③ 細胞分裂して増殖している(良性腫瘍と同じ)。
  7. その結果、嚢胞が増加・増大するので、多発性嚢胞腎は増大する。

以上の出発点になっているのはAC活性の高まりです。
抗利尿ホルモンは多発性嚢胞腎に関わらずAC活性を高めて、抗利尿効果をもたらしています。抗利尿ホルモンにより正常細胞でもcAMP活性は高まりますが、多発性嚢胞腎では、抗利尿ホルモンによって高められたcAMPが嚢胞の増大を促進しています。

多発性嚢胞腎モデル動物で抗利尿ホルモンの嚢胞促進作用を示した研究結果

  1. 抗利尿ホルモン阻害薬(OPC-31260)を投与した多発性嚢胞腎動物モデル(4種類)で嚢胞の発生を抑制した。OPC-31260はトルバプタンの開発前段階の薬品です。(図2)

  2. 多発性嚢胞腎モデル動物 (PCKラット)の飲水を5%糖水にし、飲水量を促進させた。尿量は約3倍になり、尿浸透圧は900~1000から230~280 mOsm/Kg H2Oへと減少し、尿中に排出された抗利尿ホルモンは約半分になった。同時に嚢胞の発生もかなり抑制された。(図3)
    この研究により、多発性嚢胞腎患者においても、飲水によって多発性嚢胞腎の進展が抑制される可能性が示唆された。

  3. 多発性嚢胞腎モデル動物 (pcyマウス)に遺伝子操作をして、抗利尿ホルモンが出ないようにした多発性嚢胞腎モデル動物(AVP -/-)では、嚢胞が発生しなかった。その動物(AVP -/-)に抗利尿ホルモン(DDAVP)を投与すると、再び嚢胞が出現した。(図4)

多発性嚢胞腎患者で抗利尿ホルモン阻害薬をみた臨床研究結果

「多発性嚢胞腎患者におけるトルバプタン」(国際共同研究)では、多発性嚢胞腎患者において、トルバプタン(抗利尿ホルモンの阻害薬)が腎臓容積の増大速度を約50%抑制し、また腎機能の低下速度を約30%抑制することが示されている。

以上の動物実験や臨床試験の結果から、飲水は多発性嚢胞腎患者の病気進展を抑制するのではないかと考えられました。

研究の方法(図5)

研究は杏林大学医学部倫理委員会の承認、米国国立健康研究所(NIH)への登録(ClinicalTrials.gov, NCT01348035)を行った後、実施。事前に届け出た目的・方法で研究を行い、届け出た内容に沿って研究結果を公表する事が必要です。
研究参加者は杏林大学病院泌尿器科に通院していた多発性嚢胞腎患者さんと、PKDの会の皆様にもご協力を頂きました。この場で感謝申し上げます。

参加資格は

  1. ADPKD患者
  2. 20~65歳
  3. クレアチニン・クリアランス ≧ 50ml/min/1.73m2
  4. 飲水に支障が予測される疾患とその既往がない患者
  5. 利尿薬・抗うつ薬を服用していない患者
  6. MRI検査可能な患者
  7. 同意書に署名した患者

図5に示したような方法で研究を実施。特徴として

  1. 2群への振分けは、患者さんの希望を尊重した点。
  2. 試験開始前に、大多数の患者さんは1年に1回の検査を受けておられたので、飲水期間との比較ができた点。
  3. 高飲水群では体重1Kgあたり50mlの飲水を目標としましたが、それほど飲水していない人もいました。また、自由飲水群になった人でも飲水を多く行っている人もいました。

高飲水を行う群を無作為振分けで選ばなかったので、研究結果にバイアス(偏り)が出た可能性があり、結果の信頼性が低下したのは残念ですが、当時すでに飲水が多発性嚢胞腎の病状進行を抑制するという報告や総説があり、それを知っている患者さんでは既に普通の人より多くの飲水を行っていること、そのような患者さんが高飲水群を積極的に選択された事、がありました。私としては、当初無作為振分けを行う計画でしたが、患者さんの希望を聞いていると、無作為振分けは困難だと判断しました。

研究結果

表1には事前観察期間と飲水研究期間の当初(ベースライン)データを示しています。事前観察期間中の2群間の違いは尿量でした(2037 ± 661対1519± 588 ml/日で高飲水群の尿量が有意に多かった。)。しかし、事前観察期間中の腎臓容積・腎機能、その変化率は2群間で差はありませんでした。それに対して、表下段に示した飲水研究期間のベースライン・データには有意な差がありませんでした。


図6には事前観察期間中と飲水研究期間中の平均尿量の変化と飲水研究期間中の尿量の変化を示しています。高飲水群では事前観察期間中に既に尿量が多かったのですが、さらに飲水研究期間中に増加しています。自由飲水群の中に、たくさん飲水していた人がいましたし、高飲水群でも尿量が高くない人もいましたが、全体として高飲水群では、飲水研究期間中を通じて尿量が多い状態が持続していました。


図7では高飲水群では血漿Na値が低下する事が示されています。勿論、血漿Na値の変化は正常範囲内での変化です。その変化が、飲水試験中の1年間続いていたことが示されています。


図8では、血漿Na値の変化と同じ面がありますが、血漿浸透圧が高飲水群では低下しています。飲水によって、血漿浸透圧が低下したと解釈が出来ます。その結果、血漿コペプチン濃度が低下しています。コペプチンは抗利尿ホルモン(バゾプレッシン)の前駆物質の一部分ですが、バゾプレッシンより安定して測定しやすい為、バゾプレッシンの指標として近年測定されるようになっています。今回の研究ではバゾプレッシンも測定しました。その結果では、コペプチンとバゾプレッシンは同じような値(絶対値は異なります)をとりますが、ばらつきはコペプチンの方が少ないように思いました。
抗利尿ホルモンは血漿浸透圧が上昇すると上昇し、低下すると低下する方向に変化します。

図9では、飲水によって尿中Naが増えることが示唆されました。右側の図では尿量が増えれば、尿中Na排出量が増える関係が示されています。
 この結果の解釈が問題になっています。Na摂取が増えれば、血清浸透圧が上昇し口渇感から飲水量が増え、尿量が増える事は医学的知識から納得が出来ます。一方、飲水の増加によって、尿中にNaが失われ、血漿Na値が低下する機序については、意見は一致していません。この研究では2群を無作為で分けなかったために、高飲水群の患者はNaを沢山摂取する傾向があったのではないかという疑問・批判があります。その可能性を否定はできませんが、ビールを大量に飲み低Na血症になる患者の報告では、低Na血症の原因として、体内への水分貯留と体外へのNa喪失が同程度に寄与するという報告があります。しかし、その報告は推論であって、証明はできていないと思います。


図10では尿量、尿浸透圧、尿中溶質排出量の関係を示しています。
 三者は【尿量】X【尿浸透圧】=【尿中溶質排出量】の関係にあります。尿量が増えると尿浸透圧は低下しますが、尿中溶質排出量が増えます。尿中溶質排出量増加の主な要因は尿中Na排出量の増加でした。


図11では尿量、血漿浸透圧、血漿コペプチンの関係を示しています。
 尿量が増えると血漿浸透圧が低下し、血漿浸透圧が低下する結果、血漿コペプチン濃度も低下します。


以上は飲水増加によって起きてくる種々の指標について説明しましたが、飲水の増加で尿中Naが増加する結果以外は全て予測された変化でした。

図12は今回の研究結果の重要な部分です。

事前観察期間中と飲水研究期間中のTKV(両腎容積)の平均年間変化量(TKV変化速度)とeGFR(推算した糸球体濾過量)の平均年間変化量(eGFR変化速度)を示しています。
 自由飲水群では事前観察期間と飲水研究期間の間には有意な変化はありませんでしたが、高飲水群では予測に反して、TKV変化速度は72±89から149±113 ml /年と加速しました。またeGFR変化速度も-0.3±3.0 から-7.1±8.6 (ml / min / 1.73m2 / 年) へと早まりました。
 図では示していませんが(論文中には示しています)TKVの変化を%で計測した結果でも、飲水によってTKV変化率は3.8±5.7から9.1±6.3 (% / 年)と加速されました。


図13は研究開始前に設定した主要評価項目(飲水試験期間中の、%TKV 変化率 と eGFR(Eqcr-cys) 変化速度の2群間の比較)の結果です。
 2群間に有意な差を認めませんでしたが、高飲水群で悪い傾向が認められました。すなわち、腎臓増大率が高く、eGFR低下速度が大きい傾向を認めました。


図14は尿中Na排出量, 血漿コペプチン濃度とTKV変化速度の関係を示したものです。
 尿中Naが増えるにつれて腎臓容積の変化率が増加していく関係が示されています。Naよりややはっきりしない関係ですが、血漿コペプチン濃度が増えるとTKV変化速度が高まる関係も認められました。すなわち、Na摂取と抗利尿ホルモンは腎臓が増大する方向に作用する事が示されています。これらの関係は、これまでにも認められてきたところです。


図15は最後の図になりますが、尿量とeGFRの低下率が弱いながら、有意に相関する結果が示されています。

図16から図18に結果をまとめました。


飲水を多くして血漿抗利尿ホルモン値が低下したにもかかわらず、なぜ期待した効果と反対の結果が出たのかについては、現在の時点では良くわかりません。
今後の検討課題だと思います。


飲水を多くしたら病気の進行が緩和されるか?という点は疑問ですが、飲水を少なくすれば脱水傾向になり、抗利尿ホルモンが刺激されて分泌され、多発性嚢胞腎の病気進行に悪影響を及ぼしますので、脱水には注意しましょう。