治療法について

多発性嚢胞腎の治療法(サムスカによる治療と一般的治療法)

サムスカによる治療

2014年3月24日に日本の厚生労働省から常染色体優性多発性嚢胞腎について適応拡大が認められました。これまで治療薬のなかった多発性嚢胞腎に対して、世界で初めて日本で治療薬を使用できるようになりました。

A] トルバプタンの開発経緯

トルバプタンは本来抗利尿ホルモンの阻害薬(働きを抑える薬)として開発されていました。

低ナトリウム血症(血液のナトリウム濃度が低い病態)などに対して水を選択的に体外に排出し、血液のナトリウム濃度を高める利用薬として臨床応用されていました。普通の利尿薬では水と共にナトリウムやカリウムなども体外に排出しますから、ナトリウムの濃度を高める作用は弱いと言えます。

このトルバプタンが多発性嚢胞腎の動物モデルに対して有効であることがわかり、2002年には論文発表されています。では、どうしてトルバプタンが多発性嚢胞腎の治療薬として有効なのでしょうか?

B] 多発性嚢胞腎の発症機序

図1に示したように、多発性嚢胞腎の遺伝子が異常であれば、細胞内のカルシウム濃度が低下し、細胞内でシグナルを伝達する役割をしているcAMP 活性が高まります。その結果図1に示した経路で腎臓の嚢胞が増大します。嚢胞が増大して腎臓容積も増大し、その結果腎臓機能が低下し、腎臓痛・血尿・感染等の症状が起きやすくなります。
抗利尿ホルモンはcAMP活性を高めることで、病気進展を促進します。

出典:Higashihara E, Clin Exp Nephrol. 18: 157-165, 2014.

出典:Higashihara E, Clin Exp Nephrol. 18: 157-165, 2014.

図2には、腎臓容積 (TKV) が大きくなれば腎臓機能 (eGFR) が低下する関係が示されています。また、図3では腎臓機能の悪い人(=CKD病期が高い人)ほどTKV が大きく、また大きくなる速度が急激であることが示されています。

cAMPの活性を刺激するホルモンに抗利尿ホルモンがあります。トルバプタンで抗利尿ホルモンの作用をブロックすれば、cAMP活性が低下し多発性嚢胞腎の病状進行が緩和されます。

C] トルバプタンの臨床効果と副作用

2007年から国際共同試験として1,445名の多発性嚢胞腎患者さんを対象に3年間の臨床試験(TEMPO試験)が行われました。対象となった患者さんは年齢が18~50歳で、TKV が750 ml 以上、eGFRが 60ml/min 以上という条件でした。結果は2012年に発表(文献NEJM)されました。

結果を要約しますと

(1)効果

a) トルバプタンは腎臓が大きくなる速度を約50%抑制しました。(図4)

出典:Torres et al, N Engl J Med. 367, 2407, 2012.

b) 腎臓機能低下に対する効果:
血清クレアチニン( Cr )の逆数(腎臓機能の指標)の低下速度を約30%緩和しました。(図5)

出典:Torres et al, N Engl J Med. 367, 2407, 2012.

推算した腎機能(eGFR)低下速度でみたトルバプタンの効果が下の表です。一般的に多発性嚢胞腎では腎臓機能が悪くなると腎臓機能低下速度は早くなるので、腎臓機能の程度(CKD病期)別にサムスカの効果を検討したものです。4期以降のデータはありませんが、表にあるどの病期でも約30%低下速度を緩和しています。

出典:Torres et al, N Engl J Med. 367, 2407, 2012.

出典:Torres et al, N Engl J Med. 367, 2407, 2012.

c) 複合評価項目(高血圧、アルブミン尿、腎臓痛、腎臓機能)では、全体として有効でしたが、腎臓機能と腎臓痛の面で高い効果が示されました。(図6)腎臓機能の評価には「1/血清クレアチニンが25%減少する」を指標としましたが、そのリスクを61%低減し、治療を必要とする腎臓痛のリスクを36% 軽減しました。(図7)

(2)副作用(図8)

主な副作用は、トルバプタンで口渇(55%)、多尿(38&)、夜間頻尿(29%)、頻尿(23%)が認められています。これらは、トルバプタンが抗利尿ホルモンの作用をブロックするために起きてくる、薬が本来有している作用によるものです。しかし、水分が体から失われる為、飲水が不十分だと、脱水、高ナトリウム血症になる可能性があります。

出典:Torres et al, N Engl J Med. 367, 2407, 2012.

脱水による腎機能低下(1%未満)、血栓塞栓症(1%未満)、高ナトリウム血症(1~5%未満)、意識障害が起こりえます。その他、望ましくない副作用として肝機能障害(軽度なものを含めると5%以上)(図9)、尿酸値の上昇があります。脱水や肝機能障害の早期発見のために毎月採血が必要とされています。緑内障などの視力障害(1%未満)も報告されています。

出典:Torres et al, N Engl J Med. 367, 2407, 2012.

D] サムスカ服用の実際

サムスカは日本では2010年12月に「心不全及び肝硬変における体液貯留」に対する水利尿薬として販売が承認されています。しかし、「心不全及び肝硬変における体液貯留」治療の場合には、投与期間は1~2週間と短期で、服用量も1日1回7.5mg~15mgでした。

多発性嚢胞腎の病状進行を抑制するには、腎臓の細胞内のcAMP濃度を継続的に抑制する事が必要です。そのために一日を通じて、抗利尿ホルモンの作用を遮断し、可能なら一生涯その作用を継続させる必要があります。服薬量は1日60~120mgと大量になり、「心不全及び肝硬変における体液貯留」と比して約10倍多くなっています。

サムスカは多発性嚢胞腎を根治する薬ではなく、病気の進行速度を低減させる薬で、継続して服用する必要があります。

E) 服薬には条件制限があります。

大塚製薬が開いているサムスカ講習サイトを受講していない医師は処方できません。

多発性嚢胞腎患者さんでも、以下の条件が必要です。

  • 総腎容積(両側腎臓容積の合計)が750ml以上あることが必要です。総腎容積が小さな患者では、腎臓機能が比較的悪化しない傾向があるからです。しかし、総腎容積が比較的小さな患者さんでも腎不全になりえますから、定期的に腎機能と総腎容積を測定して経過を見ていくことが必要です。
  • 総腎容積の増加率が概ね5%/年以上あることが必要とされています。多発性嚢胞腎患者さんの平均の増加率は5~6%/年です。正確な増加率は測定しないと判りませんが、年齢と総腎容積からある程度推測できます。
    腎臓容積測定法

多発性嚢胞腎患者さんで上記の基準が適合していても、以下の方は服用できません。

  • 本剤又は類似化合物に対し過敏症の既往歴のある人。
  • 口渇を感じない人、又は水分摂取が困難な人。
  • 高ナトリウム血症がある人。
  • 腎機能がかなり悪い人:eGFR が15mL/min/1.73m²未満。透析を受けている方は服用できません。
  • 慢性肝炎、薬剤性肝機能障害等の肝機能障害、又はその既往歴のある人。
  • 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人。服用中は避妊をすることが必要です。

服用を開始する場合には、入院をして開始することが必要です。

2014年4月
杏林大学病院泌尿器科

一般的治療法

  1. 高血圧の治療
    外来診察室で座位にて測定した血圧が130mmHg/85mmHg未満になるよう降圧療法を行います。基本的に、日本高血圧学会高血圧治療ガイドラインに従って、治療を行います。多発性嚢胞腎患者さんでは、アンギオテンシンⅡ受容体阻害薬(AT1)(ARB、ブロプレスなど)はCa拮抗薬よりも腎保護作用があることが報告されています。利尿薬は低カリウム血症が腎嚢胞の進展に関与するとされているので、使用には注意が必要です。自宅で朝夕血圧を測定し記録すると、降圧薬の量が適切かどうかがより確実に判断できます。

    ARBは、妊娠の可能性がある場合には控える必要があります。
  2. くも膜下出血の危険率(表1)
    危険因子 相対危険率(RR) 罹患率
    (人口1000あたり)
    家族歴 6.6 23
    飲酒(300g/ 週) 5.6 59
    ADPKD 4.4 1
    高血圧 2.8 114
    喫煙 1.9 279

    Rinkel GJE: Lancet Neurol. 2005; 4:122

  3. 頭蓋内出血の予防(表1)
    頭蓋内出血(脳出血とくも膜下出血)の危険因子として、頭蓋内出血の家族歴、高血圧および頭蓋内動脈瘤があります。頭蓋内出血の家族歴があれば頭部MRアンジオグラフィーによる頭蓋内動脈瘤のスクリーニングを行うことが必要です。スクリーニングで異常がなければ、3~5年間隔で検査を繰り返すと良いでしょう。動脈瘤が見いだされれば、脳外科医に紹介してもらい、治療などについて相談することになります。

    表1にあるように、喫煙、過度の飲酒も危険因子ですから、控えるようにしましょう。
  4. 腎機能の保全と透析の導入
    多発性嚢胞腎に低蛋白食治療を行った場合には、効果があったとする報告と、なかったとする報告があります。腎不全の進行機序が他の腎疾患とは異なるので、低たんぱく食の効果はないのではないかと考えています。

    腎機能が低下すれば、血液中のK値やリンが高くなる、血液が酸性に傾く、貧血が出現する、骨がもろくなる(活性型ビタミンD不足)等の症状が出現しますから、適宜投薬などを受ける必要があります。

    透析導入時期およびその準備:多発性嚢胞腎が特別な条件がつけられているわけではなく、他の疾患群と同等の扱いで、eGFR(クレアチニンで推測する腎機能)が15ml/min/1.73m2を下回れば、他の症状・検査値などを参考にしながら血液透析を考える必要があります。

    透析導入前1か月にはシャント(前腕部の動脈と静脈の間に瘻孔を作成し、静脈の血流量を増やして血液透析をしやすくする)を作成しておく方が良いでしょう。
  5. 腹部膨満、感染、出血の治療
    疼痛の原因には、腫大した腎・肝臓による圧迫、尿路結石、嚢胞内出血、脊柱にかかる重みのためのもの、腎盂腎炎等があり、鑑別診断は大切です。腹部膨満によって苦痛が強い場合、あるいは腎の感染・出血が保存的治療で対処できない場合に、腎摘除術(腹腔鏡下あるいは開創術として)、腹腔鏡下嚢胞摘除術、嚢胞穿刺術(硬化療法の併用を含む)、腎動脈塞栓術、が選択肢となります。肝嚢胞が原因の場合には、肝嚢胞切除術、肝切除術、肝動脈塞栓術などが考慮されます。

    疼痛に対して一般的に鎮痛薬が用いられていますが、腎機能への悪影響を考慮しながら服用を考えましょう。やむを得ない場合では、使用量を極力少なくするように注意して下さい。抗うつ薬であるSSRIや三環系抗うつ剤(トリプタノールなど)は抗利尿ホルモンを増加させる作用があるので、注意して使用しましょう。

    透析前で、まだ腎機能がある場合の腎摘除や腎動脈塞栓術は、必然的に腎機能の低下を招くので、慎重に判断する必要があります。

    腎感染には腎盂腎炎と嚢胞感染があります。腎盂腎炎の治療法は一般的な腎盂腎炎の治療と同様であり、抗生物質対する反応性もよいのが普通です。嚢胞内感染の場合には、治療抵抗性になることがあります。一般的な抗生物質では嚢胞内への移行性が悪く、脂溶性の高い抗生物質が優れた移行性を示すことがあり、セファロスポリン系やペニシリン系、アミノグリコシッド系抗生物質に抵抗性の感染症がある場合には、脂溶性の高いシプロフロキサシン、エリスロマイシン、テトラサイクリン、トリメトプリム(ST合剤)の使用を考慮します。発熱や疼痛が消失しても3週間程度は経口的に抗生剤投与を行った方がよいとされています。嚢胞感染巣が明らかに狭い範囲に限られてきて、画像検査で局在部位を同定できたら、後腹膜鏡下で嚢胞を開窓しドレナージを行うのも選択肢です。

    血尿は一般的に保存的に見ていきます。多発性嚢胞腎では、肉眼的血尿を来しやすいが、尿路の悪性腫瘍(腎がんや膀胱がん)がないと診断できれば、血尿自体には積極的な治療は行わず、保存的に対処します。透析を受けている場合で血尿が持続し強い場合には、腎動脈塞栓術、腎摘除術が考慮されます。
  6. トルバプタン
    サムスカによる治療参照下さい。