常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の研究の流れ(東原教授[杏林大学医学部泌尿器科 教授]退任にあたって、2013年3月)

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ADPKD研究に画期的な変化をもたらしたのは、1985年のReedersらによる第16染色体短腕上に存在するαグロビン遺伝子に存在する3’HVRがADPKDと連鎖しているという報告である(Nature 1985; 317: 542-544)。その後European Polycystic Kidney Disease ConsortiumによりPKD1遺伝子が同定された(Cell 1994; 77: 881-894)。このような背景を踏まえて東原先生による杏林大学に於けるADPKD研究を振り返る。(奴田原紀久雄)

1.Horie S, Higashihara E, Nutahara K, et al. Mediation of renal cyst formation by hepatocyte growth factor. Lancet 1994; 344: 789-791.

嚢胞腎の近位尿細管由来の嚢胞液中にHCGが高濃度に存在し、遠位尿細管由来の嚢胞液中にはcAMPが高濃度に存在することを示した。また嚢胞壁中にはHCGとMetのmRNAが多く発現し、HCGが嚢胞形成に大きく関与していることが示された。
腎嚢胞形成のメカニズム解明に新しい一面を加えた。

2.Higashihara E, Nutahara K, Kojima M, et al. Prevalence and renal prognosis of diagnosed autosomal dominant polycystic kidney disease in Japan. Nephron 1998; 80: 421-427.

本邦における病院を受診しているADPKD患者を対象とした疫学調査。1994年12月に病院を受診したADPKD患者数は14,598人(うち透析患者4,594人)で、人口10万人中117人であった。年齢階層別に見ると55-59歳で罹患率は最多になり、10万人中261人となった。また65-69歳で49%が終末期腎不全に至ることが明らかになった。
従来このような疫学調査結果がなく、ADPKDであればすべてが終末期腎不全に至るといった誤った認識が大きく改められた。

3.Miziguchi M, Tamura T, Higashihara E, et al. Genotypes of autosomal dominant polycystic kidney disease in Japanese. J Hum Genet 2002; 47: 51-54.

ADPKDの多くはPKD1遺伝子もしくはPKD2遺伝子の異常で発症する。そしてその臨床像は一般的にPKD1遺伝子異常で重症である。欧米では85%がPKD1遺伝子の、15%がPKD2遺伝子異常で発症すると報告されている。この論文では日本人のADPKD患者21家系96名(うちADPKD患者57名)を対象に連鎖解析を行い、17家系(81%)がPKD1に、2家系(10%)がPKD2に連鎖していることを明らかにした。なお残り2家系はいずれにも連鎖しなかった。またPKD2に連鎖した家系において、症状が軽度であることは認められなかった。
これより日本人においてもPKD1とPKD2によって発症するADPKD患者の頻度は、諸外国と変わりないことが示された。

4.Muto S, Higashihara E, Horie S, et al. Pioglitazone improves the phenotype and molecular defects of a targeted Pkd1 mutant. Hum Mol Genet 2002; 11: 1731-1742.

Pkd1ノックアウトマウスはほとんどが心奇形を原因として胎生期に死亡し、腎臓には無数の嚢胞形成を認める。このノックアウトマウスにはPPARγ遺伝子の発現が減少している。PKD1ヘテロノックアウトマウス母獣にPPARγのアゴニストであるピオグリタゾンを投与したところ胎仔の生存率が改善し、腎嚢胞の形成も抑制された。
ピオグリタゾン(アクトス)はADPKDの新規治療薬としての可能性がある。
(しかし、残念ながら製造・発売元の承諾が得られず、臨床治験には至らなかった。)

5.Nutahara K, Higashihara E, Horie S, et al. Calcium channel blocker versus angiotensin II receptor blocker in autosomal gominant polycystic kidney disease. Nephron Clin Pract 2005; 99: c18-23.

高血圧を有するADPKD患者49名を前向き無作為に2群に割り付け、3年間CCBであるアムロジピンかARBであるカンデサルタンを投与して腎機能の推移を観察した。CCB群は25名、ARB群は24名で、経過観察中降圧効果は同等であった。血清Cr値が2倍、ないしCcrが1/2になったところで試験終了としたが、試験終了になる率はCCB群で有意に高く、36ヶ月目でのCcrの減少はARB群で有意に少なかった。またアルブミンの排泄量もARB群で有意に少なかった。
ARBはCCBに比べADPKD患者に対する腎保護作用があると考えられた。

6.Higashihara E, Nutahara K, Forie S, et al. The effect of eicosapentaenoic acid on renal function and volume in patients with ADPKD. Nephrol Dial Transplant 2008; 23: 2847-2852.

ADPKD患者に対するeicosapentaenoic acid(EPA)の腎機能と腎容積に対する効果を、前向き無作為化試験で2年間観察した。残念ながら腎機能でも腎容積でもEPAの効果は見られなかったが、投与開始の時期や期間およびDHAの併用投与など解決すべき問題があることが明らかになった。

7.Higashihara E, Horie S, Nutahara K, et al. Renal disease progression in autosomal dominant polycystic kidney disease. Clin Exp Nephrol 2012; 16: 622-628.

255名のADPKD患者を対象とし、長期にわたる腎機能(eGFR)と腎容積(TKV)を観察した後ろ向きの研究。年齢が増せばeGFRは有意に減少するが、その減少の程度は年齢や観察開始時のeGFRに依存しないことが示された。またCKD stage別で見てもeGFRの減少率は変わらなかった。eGFRの減少率とTKVの増加率は高血圧の有無で差がなかったが、eGFRは高血圧を有する若年患者ですでに低値になっていた。eGFRの減少は正常eGFRの時期より始まっており、ADPKDにおける腎機能悪化はかなり若年の頃から起こっていることが示唆された。
(これはADPKDに対して腎保護作用がある薬剤が開発されたとき、投与開始時期をいつにするかということを考える際に参照される論文になる。)

8.Higashihara E, Torres VE, Chapman AB, et al. Tolvaptan in autosomal dominant polycystic kidney disease: three years’ experience. Clin J Am Soc Nephrol 2011; 6: 2499-2507.

Vasopressin V2 receptor antagonistであるTolvaptanの容量設定試験に参加した63名のADPKD患者を対象に、3年間の本剤投与を行い、TKVとeGFRの変化をhistorical controlと比較した研究。TolvaptanにはTKV増加を抑制する効果がありeGFRの減少も抑制することも明らかになった。
次の論文に続く研究である。

9.Torres VE, Chapman AB, Higashihara E, et al. Tolvaptan in patients with autosomal dominant polycystic kidney disease. N Engl J Med 2012; 367: 2407-2418.

1445名のADPKD患者を対象とした多施設共同、二重盲検、プラセボコントロールのTolvaptanに関する3年にわたる国際共同第3相治験。Tol群では年間のTKV増加は2.8%で、プラセボ群の5.5%を有意に下回った。また腎機能悪化の頻度、腎部疼痛の発生頻度もTol群で有意に少なかった。
TolvaptanはADPKD患者に対して腎容積増加を抑制し、かつ腎機能保護作用があり、新規治療薬となり得る。

執筆担当:奴田原紀久雄